書評|大崎善生『将棋の子』

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大崎善生の『将棋の子』を読みました。あらすじ・感想をまとめます。

ノスタルジー溢れる素晴らしいノンフィクションです。

おすすめ度

おすすめ度:4.5(5点満点)

将棋に好きな方はもちろんのこと、興味のない人にもぜひ読んでほしい作品です。特に近年、藤井七段の活躍のおかげで将棋を知った方も多いと思います。藤井君だけでなく様々な棋士の魅力についても知ってほしいと思います。

作者・作品紹介

大崎善生は長年、将棋連盟の編集部に勤めたのち、2000年に作家としてデビューしました。デビュー作は故・村山聖9段の生涯を描いたノンフィクション作品『聖の青春』です。近年、松山ケンイチ主演で映画化されました。『聖の青春』もメチャクチャおすすめです。

『将棋の子』が題材とするのは、藤井七段のような華々しい棋士の物語ではありません。輝かしい活躍をする棋士の影で誰にも知られることもなく、将棋界を去っていった青年たちの物語です。

ところで奨励会という機関をご存知でしょうか。将棋のプロ棋士になるためには奨励会と呼ばれる養成所に入会する必要があります。

奨励会ではプロ棋士になるために、全国から天才少年たちが集まります。そしてプロ棋士になるためにしのぎを削り合うのです。

プロ棋士になる為の争いには、時間制限が存在します。26歳までにプロになれなかったものは、退会しなければなりません。プロ棋士になれるのは年間たった4人です。東大に入るよりも、甲子園にでるよりも遥かに厳しいです。

では、年齢制限で奨励会を退会した人はどうなるのでしょうか。奨励会に入る少年たちは、小学生の頃からほとんど将棋しかしていません。そして、青春のすべてを将棋につぎ込んでいます。彼らの人生は将棋そのものと言ってよいでしょう。

そんな彼らから将棋を取ったらいったい何が残るのだろうか。

長年将棋連盟に勤め、奨励会を去っていく少年(いや去っていく頃にはも立派な大人だ)たちを見てきた大崎は、そんな思いをもっていたのではないでしょうか。

本作は、天才と呼ばれながらプロ棋士になれなかった成田英二と、その成田を弟のようにかわいがっていた大崎。この二人を軸にしながら、プロになった者となれなかった者の運命の戯れを描いたノンフィクション作品です。

感想

僕が将棋を始めたのは小学生2年くらいでした。意外と筋がよく大人にも勝っていたのを覚えています。でもあるとき、夏祭りの将棋コーナーで将棋おじさんにボコボコにされて、きっぱり将棋をしなくなったことを覚えています。今でもあのとき、将棋を続けていたらどうなっただろうと妄想することがあります。プロ棋士になれただろうか。

本作のプロローグで語られるのは、後に横歩取りの8五飛者戦法の開発し注目を浴びることとなる現・中座七段の奨励会最終対局の話です。正直、この時点で僕の涙腺は、轟音を立てて崩壊しました。奨励会の話はいつ聞いても胸を打つものがあります。

たとえプロ棋士になれなかったとしても、将棋指したちはなんと美しいことか。

本作で非常に印象深いのが、成田英二の、そして将棋指したちの純粋さです。将棋という誰を幸せにするわけでもないゲームにただ好きだからという理由だけで、人生をかける少年たちの純粋さであり脆さです。

「将棋がね、今でも自分に自信を与えてくれているんだ。こっち、もう15 年も将棋指していないけど、でもそれを子供のころから夢中になってやって、大人にもほとんど負けなくて、それがね、そのことがね、自分に自信をくれているんだ。こっちお金もないし仕事もないし、家族もいないし、今はなんにもないけれど、でも将棋が強かった。それはね、きっと誰にも簡単には負けないくらいに強かった。そうでしょう?」

『将棋の子』 (講談社文庫) 

 なぜこんなにも将棋指したちは僕の心を締め付けるのでしょうか。それはきっと僕にはない、覚悟を持って人生を歩んできたからなのかもしれません。僕はいつも彼らに勇気付けられます。プロ棋士になれるとも限らない、いやほとんどはなれない、そんな世界に迷いながらも踏み込んでいく彼らに。

将棋ファンならではの楽しみは、今現在棋戦で活躍している棋士たちの奨励会時代のエピソードが語られることです。奨励会時代のことは、棋士の口から直接語られることは滅多にありません。本書を読むと、普段はぱっとしない棋士たちの全く違った一面が見えてきます。